気になる番組があると、
帰宅後の食事時間やときどきある(?)休日に
観るようにしています。主にNHK。
観れないまま、放置されてしまう番組も多いのですが、
録画したままにしていた「スポーツ大陸・どん底からの金メダル」を観て
感動しました!
番組の中心は、1994年に行われた
リレハンメルオリンピック・ノルディック複合団体で
金メダルをとった阿部雅司選手の物語。
1988年に行われたカルガリーオリンピックで、
日本・ノルディック複合は
10カ国中9位という順位にあまんじていました。
1992年のアルベールビルでは、なんとしてもメダルを
獲得しなければならない。
しかし、選手層も薄く、強化費もありませんでした。
そんな中で、強化選手に選ばれた選手は4名。
4名のリーダーが、番組の中心人物であり、
最年長であり、当時日本のノルディック複合のエース、
阿部雅司選手。
低迷にあえぐ、日本チームの中の希望の星であり、
けん引役であり、若手からの人望もある選手でした。
“若手選手はみな、阿部さんに追いつけ、
追い越せでがんばっていた“とは、荻原健司選手
のことば。
その阿部選手が、アルベールビルでまさかの補欠になったのです。
4名の中から大会に出るのは3名です。
つまり、1名は補欠になるのです。
実力は、他の選手と変わらない。しかし、選ばれなかった。
今までの一番の功労者が切られたのです。
“オリンピック前の大会で、阿部に勢いを感じなくなっていた”とは、
強化部長のことば。
非常に、非常に苦渋の決断だったそうです。
しかし、阿部選手は、激しい悔しさ、自分への情けなさなどを押し殺し、
ここで裏方に徹したのです!
プロ選手たちは、その日の天候、雪質によって
スキー板を変えるそうなのですが、
阿部選手は、朝一番に大会会場入りをし、
各選手のために5本ずつ、計15本の板を用意し、
自ら板のチェックを行ったのです。
それを観た代表選手たちに、何かがのりうつりました。
そして、見事、金メダル!
が、やはり、そこは選手です。
「どこかで自分が外れたことで、
金メダル以外の成績であれば、“ほれ、みたことか、
おれをいれなかったからだ”という自分への言い訳が
できたが、金メダルでは、自分の力を認めざるをえなかった」。
引退を真剣に考えたアルベールビルからの帰国の日、
妻との電話で嬉しい報告がきました。“子供が出来た”と。
「子供に自分の姿をみせてやりたい。」
再び阿部選手は、練習を開始します。
そして、リレハンメルオリンピックで、メンバーに選ばれ、見事連覇!
1位の日本の表彰台の真ん中には、阿部選手がいました。
前回のアルベールビルでは、“自分の力でとった金メダルではない”と、
上がる日ノ丸を一度もみなかった阿部選手が、
うっすらと涙を浮かべ、その日の丸をじっとみつめていました。